インタビューお知らせ

トークシリーズ:「注目のソーシャルイノベーターたち」vol.2 株式会社センシング

人生100年社会デザイン財団運営委員長 井上昌之

このシリーズでは、当財団に参加しているソーシャルイノベーターたちをインタビュー形式で紹介します。第2回は株式会社センシングです。折しも2022年秋、同社の画像認識システムがシリコンバレー発の世界的にも有名なスタートアップコンテスト「Plug and Play」アクセラレータプログラム・モビリティ部門で見事アワードを獲得しました。この機会をとらえて代表取締役社長の金一石さんにお話を伺いました。

ーーまずはこのPlug and Playについて、教えてください。

金)Plug and Playはかなり古いベンチャーキャピタルで初期のグーグルに出資をして大きくなった会社です。ペイパルやロジテックというような会社に出資をして大きくなりました。世界約30か所に拠点を持っていて、世界中のベンチャー、スタートアップ、新しい技術やサービスを持った企業を支援するアクセラレータプログラムを実施しています。今回も世界中から9部門に600ほどの応募があり、その中のモビリティ部門でグランプリに選ばれました。

ーー私と金さんの出会いは、まったく違う分野のことでしたね。私が日本経済新聞社で美術展覧会のプロデュースをやっていて、その時にスマホを使って観賞ガイドシステムを作ったときに協力をしていただいたのが最初でした。こうした展覧会ではいわゆる音声ガイドというのが主流で、これは専用端末の中に録音した音声データを仕込んでおいてイヤホンで作品ごとに解説が聞けるというもので、私はこれをスマホでやりたいと思っていました。スマホはミニコンピューターで、音声の他に画像、テキストを同時に表示できるし、動画も出力可能ですから圧倒的に多様で深い観賞体験が提供できる。 その時に金さんから「実は鑑賞者がどんな作品のどのシーンに意識が入っているかも分かるんですよ。」と伺って、「面白い。」と思って、それからのお付き合いですね。

金)センシングの画像認識技術を使えば、たとえば自分が初めて観た作品とか、もともと好きだと思っていないような作品でも、実は心が動いていた。というようなことが測れます。ヘモグロビンの様子をセンシング技術で読み取ると、血流の動きが分かり心拍の動きからこうした感動も知ることができます。映画などでも同様のことができますね。以前の実験で某地区の住民の方々に地元のある地域が舞台になっている映画をお見せしました。観ていた人たちは見た目には変化がありませんでしたが、バイタルから見るとこの地域の場面になると交感神経に反応があり事後のアンケートでも記憶に残っていました。

ーーそうですね。本当に応用範囲が広い技術だと思いました。ここで簡単にその技術についてご説明いただけますか?

金)従来のバイタル測定システムの多くはいわゆる接触型で身体に装着して直接的にデータを取っているものが多かった。我々のシステムはセンシング(画像認識)技術を使って、「非接触」でバイタルデータを取得できるところに特徴があります。ヘモグロビンの動きを画像解析して、そこから脈拍数、呼吸数、交感神経/副交感神経などのデータが取れ、交感神経/副交感神経のバランスの分析からストレス状態かリラックス状態かなど自律神経の状態、つまり心身の状態を把握することができます。

ーー画像解析技術もその精度が高いというのが特徴でしたね。

金)世界中で他にも画像認識からバイタルデータを取るシステムはありますが、たとえばスマホによって違う色扱い(たとえばAスマホは赤が強めに出るとか、Bスマホは青が強めに出るとか)や、光の種類の違い、たとえば太陽光と蛍光灯ではまったく色が違うのはよくお分かりと思いますが、それらの違いを修正するのはなかなか難しい。センシングの技術はこれらの光や色の違いを独自の技術で修正して非常に高い精度を実現できます。

ーー非接触型バイタルセンシング技術はコロナ禍が広がる中で非常に時機を得たシステムだと思います。この技術はこれだけで最終的なサービスというより基礎的な技術としてさまざまなシステムやサービスに組み込まれてその力を発揮するものですね。たとえば今後期待される遠隔診療サービスとか、在宅勤務の定着でますます見える化が難しいストレスチェックとか、今後ますますの展開が期待できますね。

金)今回Plug and Playのアクセラレータプログラムの「モビリティ部門」でアワードをいただいたように、ドライブレコーダーと一緒に車に組み込んでドライバーの心身状態の管理に使えます。画像認識からドライバーの血流を測定して、そのバイタル状態を見ることができれば、事前に危険を回避したり、事故の原因究明にも役立つと思います。

また先ごろ約4,000万人の医療健康データを持つメディカル・データ・ビジョン社と資本提携しました。これらのデータとセンシングの技術を紐づけることでより一人ひとりに合ったサービスが提供できると考えています。 また地域の高齢者の見守りや政府のデジタル田園構想などにも関わっていて、これから幅広い展開ができると思っています。

ーーこれからはより自分で自分の健康管理をしていかなければならない時代になると思います。とくにwithコロナでの在宅勤務の広がりや働き方改革などで、今までの仕事―家庭、会社―家、公―私、さらに言えばリアルーヴァーチャルといった二項対立的な在り方が大きく変わって、いろいろな要素を自分の中でいかに一つに統合していくか、言い方を変えれば自分の中で折り合いをつけていくかという時代になってきた。たとえば常に出勤していれば、出退勤管理や会社での組織的な健康診断、そして上司が部下に「最近どうだ?」とか「ちょっと顔色が悪いんじゃないの?」とか「ちょっと飲みにいこうか?」などと声もかけられて、自分でも「ああそうかな。」とも思えて、「健康経営」も進めやすかったけれど、これからは全部自分の責任で、自分で自分を見なければならなくなりました。センシングさんのシステムは時系列的にデータとして自分のバイタルを蓄積しておくことができるので、自分で自分の傾向を掴むことができますね。

金)バイタルの状況、自律神経の特徴からその人の心身の状態が分かる。運動プログラムや食事メニュー、必要な栄養素のレコメンデーションもできるし、いわゆる人それぞれの心身のクセ、たとえば朝いつも交感神経が非常に優位になっているとか、が分かるので、そのときにどうすればいいのかが自分で判断できる。自分自身を見える化することで、自分のクセを知ることで安心すると思います。

*編集後記*

金さんとのお話の中で、「ストレスは人類が生きていくためにもともと備わっていたものだ。敵に出会ったり、身の危険を感じたりすると交感神経が高まって緊張感・ストレスが高まるようにできている。ただ常に高ストレスではいられないので、副交感神経がそれを鎮めるのだ。」とおっしゃっていて、なるほどと思いました。

先日、財団が主催した人生100年社会デザインフォーラムで講演していただいたフレンチシェフの三國清三さんが、「舌にあって味覚を感じ取る味蕾(みらい)はもともと毒などの体に危ないものをキャッチして食べないようにするための感覚器官だから、味覚というのは生きるために大事なことなのだ。」とおっしゃっていたのを思い出しました。 ストレスというととかくネガティヴに考えたり、落ち込んだりしがちですが、もともと必要なのだと思うこと、それを自分自身のクセをよく理解してうまく付き合うことが大事なのだと感じました。

参考)株式会社センシングHP https://sensing-art.com/